豊かな生活の中で忘れてしまっている大切なこと

豊かさの中で忘れていたこと

こたつがもたらした一家団欒
さる有名商社のエリートサラリーマンからきいた話である。

今年は寒さのくるのがおそかったので、自宅のセントラルヒーティングを、いよいよ寒さに耐えられないというところまで待ってみようという奥さんの提言で、十一月なかばをすぎてもまだ暖房がないという。

集中暖房でここ何年かすごしてきたため、部屋ごとのストーブもない。

「もう、暖房したらいいじゃないか」と言うと、奥さんは、省エネルギーの折から、このくらいの寒さはまだ平気よと言ってとりあわず、そのかわり、リビングルームのじゅうたんの上に、家を新築する前に使っていたこたつがひさしぶりに出てきたのだそうである。

その商社マン氏は、奥さんの省エネルギー生活を見ながら、 まあ、自分は家にいることも少ないし、勝手にさせておこうと考えていたそうだが、ふっと気がそのうち気付いたことがあったと言う。

家に帰れば、つい、たったひとつの暖房であるこたつに入る。

と、子どもたちもそこで本を読んだり、学校の宿題などしていて、「ねえパパ、ここ教えて」という具合に、ごく自然に話しかけてきたり、学校での友達のこと、先生に叱られた話などをする。

各自の部屋や、トイレにまで暖房のあった生活では、めいめいの場所でしていたことが、こたつという場所に全員が集まって、今まで少なかった父と子の会話が生まれていることに気がついた、というのである。

トイレに新聞を持ちこんでいた自分が、いつの間にか、朝食もこたつでする家族たちの仲間に入り、子どもから「パパいってまいりまーす」とあいさつされていることにも気がついたそうである。

便利で快適な生活の中で忘れていた子どもとのつき合いを、ごく自然に取り戻した思いだと私に語りながら、「省エネを逆手にとった女房の演出だったかな?」とも言った。

そうかもしれないし、奥さんは灯油代のことを考えて、集中暖房というぜいたくなエネルギーの使い方を多少でも節約しようと考えているのかもしれない。

どちらでもいい。

生活用品の輸入や圏内での売りさばきにかかわる商社マン氏に、自分の家庭の実生活を見る機会を作ったその奥さんに拍手を送りたい。

もし電気が止まったら


先日、私の住む地域で五時間の停電があった。

夜中の一時から朝六時まで、高圧線の修理をするためだという話で、前々からその予告が電力会社から出されていた。

何気なく「夜中の停電なら、とくに不便もなかろう」と、その予告を受け流したが、落ち着いて考えてみると、わが家はモーターで井戸水をくみ上げている。

水道もあるが、水洗トイレや手洗い場は雑用水として井戸水を使っている場所もある。

トイレ用のくみおき水は必要だな、と気がついた。

そうだ、冷凍食品はどうしよう、数時間の停電ではどうなるかの経験がまだないため、これも処理しなければなるまいと考え、数日間、冷凍してあるものを使い切るように献立をたてた。

アイスクリームもたべ切ってしまわなければなるまいと思い、デンプン質のものだけを残してストックを片づけた。

たまには、こんなこともいいものだと思いながら、パンとあんことお餅、自家製のフルーツジュース類だけが残ったがらがらの冷凍庫の掃除をした。

アルコールで庫内をさっぱりとふいて、今度はこの中に何を入れようと、結構たのしんだりしたが、うっかりたべ切らずに肉や魚類を入れておいたら、ずいぶんまずくしただろうと思った。

活きえびをもらって、夕食のあとだったのでそのまま冷凍しておいたものや、冷凍食品で買いおきした貝柱、わかさぎ、牛のひき肉、豚のもも肉など、停電中に多少でも解凍すれば質が落ちる。

とくに自家冷凍のものは緩慢凍結だから、いくら活きえびだったにせよ、解凍時には液汁が多く流れ出てしまうから、味は大きく落ちる。

工場でするような急速凍結なら氷の結晶がこまかいから食品の細胞構造も変化を受けることが少ないと、専門の先生から講義を受けているので、こういうときにその知識を役に立でなければいけないのだと、気がついてよかったと思った。

調理ずみのデンプン質のものなら、ベータ化したものを加熱でアルファ化すれば、まあ問題はない。

これは経験でもよくわかっている。

停電のおかげで、家事も科学であることを再認識する機会を得てよかったと私は思った。