Archive for the ‘生活の知恵’ Category

暮らしの重点をどこに置くかが大切です!

本当に人間らしい生き方は?


ものごとを損得で考えることを私はあまり好まない。

しかし、損得で考えたほうがわかりやすいこともある。

たとえば私の身のまわりにもこんなことがあった。

ある、たいへん進歩的と言われている人の家庭で、夫が家事をよく手伝うという話をきいてきた私の知人が、おとなしいご主人を督励して家事を手伝わせ、進歩的という風をわが家にとり入れた。

ところが、ご主人が病気になったのである。

もちろん、家事を手伝わせたからというだけが理由ではないが、少々過労気味で、若いときに病んだ結核が再発したようであった。

友達は、つくづくと私に話していた「やっぱり、パパに元気でいてもらわなければ、わが家の文化生活も根がないことがわかったわ。大事にしなけりゃ」

それと同じようなことだが、パートで働きに出た奥さんが自分の働きで「もの」を買うよろこびを知り、家事はきちんとやって家族に迷惑は絶対かけないということを言っていたが、自分が過労で倒れてしまったという例もある。

また、人手不足のころにちやほやしてくれた企業に、いくらでも自分の働き口はあるという自信を得ると同時に、収入の少ないご主人に嫌気がさして家を飛び出した奥さんもいた。

よしあしは他人がとやかく言うべき筋合いのものではないが、こうした例は、単純な失敗として見すごしていくには、自分をもまわりの人をも傷つける。

時流にのった暮らしのように見えることが、意外な危機にさらされる原因を作っている場合もある。

本当に人間らしい生き方ということを基準に考えてみると、損得勘定をするまでもなく、どちらをとるかの答えは、めいめいの暮らしの場でていねいに考えてみなければならないと思う。

消費は美徳と言われた時期があった。

先進国に追いつけ追いこせと、しゃにむに経済発展をめざしていたころの日本の実状が、そうさせたのであった。

私たちはそれに協力し、家事労働をはぶいてくれるものや、ステータスシンボルになるようなものを家の中に買いこみ、多くの主婦たちは、そうした品々を買うために外に出て働いた。

そしてたしかに便利な生活になった。

なおしもの、つくろいものから解放され、使い捨ての気持ちよさを知った。

と同時に、たべものの味にも、家具の扱いにも、こまやかな情をそそぐことを忘れた。

今は、そういう問題に再考をせまられているときではなかろうか。

たべることだけはぜいたくにしても良いとおもう


家事専従という生活を、まだ一度もしたことのない共働き女房として、私は、よくまあ今日までつづいてきた、と思うことがある。

六十四歳という私の年齢は、昔の「人生五十年」で考えれば、もう、とっくにこの世を去っていい年。

それがなお、働くことも、家事の責任者であることもやめないで、わが家の中では一番若いという立場を守り、毎日をきりきり舞いで暮らしているので、家事の現役からおりたいと思うことは、毎日といっていいくらいある。

元気だと自慢していても、五十腕だか五十肩だかで、手の力がなくなったり、ちょっとしたときにもう無理のきかない限界を知ると、自分のしたい勉強をするために、時間と体力を精いっぱい家事にかけていくことから、そろそろ身をひきたい気持ちが出てきている。

もともと、私は完壁主義を守る性質ではないので、仕事をもちながら家事家政も自分でやっていかなければならない立場になったときから、生活の重点をどこにおいて暮らすかを、かなり割り切ってきた。

衣生活には可能な限り手をかけない、住生活もぜいたくはしない(これはムードをたのしむ飾りものや手入れ掃除に手のかかるものをさける意味で)、ただし食生活だけは、あまり予算にしばられたり間に合わせだけですますのはやめよう、という程度に考えてきた。

それは今もつづいている。

私の仕事は、自分の意志できめられるようにも思われる自由業だが、それは他人の目から見ればということで、実際には時間ぎめの勤務とはちがって、引き受けた仕事が仕上がるまでは、いつもそれが頭の中にあるため、解放されるときがないとも言える。

仕上がったあとも、あそこはもっとこうすればよかった、こうもできたと考えてしまったり、だらしのない話ながら、原稿を書こうと思っても書けないときがあったりで、夢にまでそれがもちこまれてしまうことさえある。

まあ二十四時間労働みたいなものである。

そんな中で、姑と夫との三人暮らしの家事を何もかも一人でするとなると、なかなかっらかった。

今は夫婦だけだが、家事をまかせられる人をたのむことも思うにまかせない時代だから、一層、考えこんでしまう日が多いというわけである。

けれども、投げ出してしまえばそれまでで、私だけではなく働く女みんなの問題でもあることを思うと、より上手に暮らす方法はないかと、また思いなおして、家事にも仕事にもはげむしかない。

私は、自分に対して、「よく働くのだから、たべものだけはぜいたくをしなさい」といつも言いきかせる。

たとえばサラダをおいしくたべるために、野菜はいいものをえらび、ドレッシングソースは必ず自分の好きな味のものを作る。

マヨネーズを作るのに手がいたくてできないと思えば、ハンドミキサーは現在の自分の必需品と考えて買う、というふうに、たべるという目的、それも自分の納得のいくものをたべるための必要条件をととのえることには、手間ひまもお金も使うことにしている。

おかしな話だが、ものがたくさんある。

わが家では野菜は皮だとか根のほうが好きだというようなまた、たとえばうどの皮のきんぴらや、根みつばのひげ根をとったもののきんぴら、笥の姫皮やなすの皮のせん切りの梅肉和えといったものが好物で、そういうものにどれだけ栄養価値があるのかも考えず、節約のためという気もなく、好きだから面倒もいとわず手をかけてたべる。

そういうことを大切にするのも、基本的な栄養のバランスと食費との割りふりを考えさえたりすることと同じように「餌ではない人間の食事」という意味で、私はおろそかにしたくない。

それは食器をえらんで盛りつけに「美」をもとめることとも通じると。

要するに、ほかの家事には少々ルーズな自分を許し、たべることにはていねいさを失うな、と、自分にいいきかせ、いそがしい活の中で自分たちの健康を守ろうとしているだけである。

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資源や物は大切に使っていこう

水という資源は無限ではない


先日、さる大企業の工場を見せてもらう機会があった。

工場や研究所の見学を終えたあと、排水処理場を見せてもらいたいと申し出ると喜んで見せてくれた。

何槽にも分れた、かなり広い場所をとった排水処理場で、すっかりきれいな水にかえった排水がまた工場での用水として使われていくのを、私は、深い感銘をもって眺めてきた。

私たちも毎日よく水を使うが、その排水の行方を考えると、おそろしくなることが多い。

リサイクルは考えられないものだろうかと、水不足のときなどは、トイレの水洗や風呂の水を流すのも身がちぢむ思いにもなるのである。

皿洗い機の水使いや、洗濯機の水使いも、よほど考えて、無駄のないようにとまとめ洗いをしているが、それでも、もったいないと思う気持ちはつよい。

私たちは水に恵まれすぎて育ったために、かえって、この水が使えなくなったらと考えるとおそろしさが先にくる。

私のうちでは井戸水も使えるようにしており、掃除や食器の下洗いなどは井戸水を使うし、植木の水やりも井戸。

少々、鉄分が多いせいか、ときに茶色の水が出るので、洗濯や風呂には使えず、トイレも、最近になって水道に切りかえた。

井戸水が使える家庭ならば、用途によって、消毒された水を使うことは、ひかえたいものだと思う。

若い人たちと、台所でいっしょに働いてみると、湯わかし器からお湯をどんどん流しながら茶わんを洗っているのが気になり、私はよく注意をする。

流れ水で洗うときは、必ず下に洗いおけを置いて、たまったお湯は、ごみバケツとか何かを洗いなさい、きれいなお湯や水ならバケツにとって掃除用に、と、順を踏めば水がそれだけ有効に使えるから、と言う。

言われればすぐ納得してくれる。気がつかないだけなのである。それをケチと受け取る人がいなくなったことは、やはり現代人として避けられない、エネルギーとか水資源への関心のたまものと言えよう。

使わなければならないものは使うけれど、無駄使いは不道徳だと思う生活感覚がだれにも必要なのではなかろうか。

ものは使いよう


私は刃物が好きで、包丁はもちろん、切り出しやナイフ、ハサミなどをよく買ってしまう。

ハンドバッグには、小さなナイフとハサミがいつも入っている。

このごろは、何でもポリエチレンの袋に入っているので、外出先でちょっとちり紙を買っても、ハンカチーフを忘れて駅で買っても、ポリ袋から出すのに袋の口を切らなければならない。

ポリ袋を手で切りさくのは、どうもきらいだからハサミを使う。

ポリエチレンの、あの未練がましく手にからみつくしつこさが、紙のいさぎよさとくらべて私は生理的に気にさわる。

だから、ハサミでぴしりと切りたいのだ。

たとえばこういう、生理的にいやなものを感じることをなるべく避けたいための無意識の要求か、私はものを切るための道具は、ほかのものにくらべてぜいたくをする。

ハンドバッグに入れているナイフもハサミも、もう十年ほど使っているが、当時数千円を払って買った。

こういうものは高くてもお金が惜しいと思わないから不思議である。

いま私は台所専用に比較的いいハサミを二つ置いている。

ひとつは調理バサミとして市販されている刃にギザギザのあるもの。

もうひとつは裁縫用の裁ちバサミである。

この裁ちパサミは、ポリ袋を切るとか、ケーキを焼くときの型に敷く紙を切る、その他、何かと役に立つ。

調理バサミはなくてもすむが、直接たべものを扱う専用バサミとして勘酌を切るとか、手でとりにくい半乾きの干物の頭を落とすとか、天ぷらにするエビの尾の半分を切って水けを出すときなど、あれば便利で、とくに台所仕事に不慣れな若い娘さんが遊びにきて台所を手伝ってくれるというときなどによく使う。

ハサミを使ってもらうと手を切る心配がないので、そんなとき利用してもらう。

実はこの調理バサミは、前に使っていた外科輿万のかわりに買いもとめてみたものだが、私には、どちらかといえば前のハサミが好ましい。

ご存知のようにそれはお医者さん用のものである。

左右別々にはがすことができるので砥ぐのも素人にできるし、もちろん煮沸してもよく耐え、何よりもよく切れるハサミなので、台所専用バサミとしてはこの上ない重宝なもの。

古女房の私にはたいていのことなら包丁があれば事足りるので、わざわざ調理バサミをそろえるより、よごれた紙やポリ袋など切っても、すぐ熱湯で消毒すれば気持ちもよいし、その自然の熱でたちまちかわいてしまうから便利でもあった。

そんな便利なものだからひとつあれば事足りた。

料理の講習に出かけるときもっていってなくしてしまったので、かわりに調理バサミを買って使ってみているのだが、やはり外科関万がなつかしい。

ハサミがいい例だが、台所用として特別に作られたものでなくても、台所専用にして重宝なものが意外に多い。

まして妙に工夫をみせびらかした新製品より、思いがけず使いようで役に立つものがある。

それをさがし出すのもたのしみなものである。

豊かな生活の中で忘れてしまっている大切なこと

豊かさの中で忘れていたこと

こたつがもたらした一家団欒
さる有名商社のエリートサラリーマンからきいた話である。

今年は寒さのくるのがおそかったので、自宅のセントラルヒーティングを、いよいよ寒さに耐えられないというところまで待ってみようという奥さんの提言で、十一月なかばをすぎてもまだ暖房がないという。

集中暖房でここ何年かすごしてきたため、部屋ごとのストーブもない。

「もう、暖房したらいいじゃないか」と言うと、奥さんは、省エネルギーの折から、このくらいの寒さはまだ平気よと言ってとりあわず、そのかわり、リビングルームのじゅうたんの上に、家を新築する前に使っていたこたつがひさしぶりに出てきたのだそうである。

その商社マン氏は、奥さんの省エネルギー生活を見ながら、 まあ、自分は家にいることも少ないし、勝手にさせておこうと考えていたそうだが、ふっと気がそのうち気付いたことがあったと言う。

家に帰れば、つい、たったひとつの暖房であるこたつに入る。

と、子どもたちもそこで本を読んだり、学校の宿題などしていて、「ねえパパ、ここ教えて」という具合に、ごく自然に話しかけてきたり、学校での友達のこと、先生に叱られた話などをする。

各自の部屋や、トイレにまで暖房のあった生活では、めいめいの場所でしていたことが、こたつという場所に全員が集まって、今まで少なかった父と子の会話が生まれていることに気がついた、というのである。

トイレに新聞を持ちこんでいた自分が、いつの間にか、朝食もこたつでする家族たちの仲間に入り、子どもから「パパいってまいりまーす」とあいさつされていることにも気がついたそうである。

便利で快適な生活の中で忘れていた子どもとのつき合いを、ごく自然に取り戻した思いだと私に語りながら、「省エネを逆手にとった女房の演出だったかな?」とも言った。

そうかもしれないし、奥さんは灯油代のことを考えて、集中暖房というぜいたくなエネルギーの使い方を多少でも節約しようと考えているのかもしれない。

どちらでもいい。

生活用品の輸入や圏内での売りさばきにかかわる商社マン氏に、自分の家庭の実生活を見る機会を作ったその奥さんに拍手を送りたい。

もし電気が止まったら


先日、私の住む地域で五時間の停電があった。

夜中の一時から朝六時まで、高圧線の修理をするためだという話で、前々からその予告が電力会社から出されていた。

何気なく「夜中の停電なら、とくに不便もなかろう」と、その予告を受け流したが、落ち着いて考えてみると、わが家はモーターで井戸水をくみ上げている。

水道もあるが、水洗トイレや手洗い場は雑用水として井戸水を使っている場所もある。

トイレ用のくみおき水は必要だな、と気がついた。

そうだ、冷凍食品はどうしよう、数時間の停電ではどうなるかの経験がまだないため、これも処理しなければなるまいと考え、数日間、冷凍してあるものを使い切るように献立をたてた。

アイスクリームもたべ切ってしまわなければなるまいと思い、デンプン質のものだけを残してストックを片づけた。

たまには、こんなこともいいものだと思いながら、パンとあんことお餅、自家製のフルーツジュース類だけが残ったがらがらの冷凍庫の掃除をした。

アルコールで庫内をさっぱりとふいて、今度はこの中に何を入れようと、結構たのしんだりしたが、うっかりたべ切らずに肉や魚類を入れておいたら、ずいぶんまずくしただろうと思った。

活きえびをもらって、夕食のあとだったのでそのまま冷凍しておいたものや、冷凍食品で買いおきした貝柱、わかさぎ、牛のひき肉、豚のもも肉など、停電中に多少でも解凍すれば質が落ちる。

とくに自家冷凍のものは緩慢凍結だから、いくら活きえびだったにせよ、解凍時には液汁が多く流れ出てしまうから、味は大きく落ちる。

工場でするような急速凍結なら氷の結晶がこまかいから食品の細胞構造も変化を受けることが少ないと、専門の先生から講義を受けているので、こういうときにその知識を役に立でなければいけないのだと、気がついてよかったと思った。

調理ずみのデンプン質のものなら、ベータ化したものを加熱でアルファ化すれば、まあ問題はない。

これは経験でもよくわかっている。

停電のおかげで、家事も科学であることを再認識する機会を得てよかったと私は思った。

欲望を整理して住みやすい生活を送ろう

家庭の姿勢が暮らしの美を創る


もう、ずっと以前のことだが、ある山深い村の旧家を訪ねて一度お世話になったときの話である。

今のようにたべものが豊かな時代ではなく、ごちそうになった夕食は、自家の畑でとれたおいもや人参、ごぼうなどのお煮染であった。

それを大きな鉢に山盛りに出してくれて、生みたての卵と新鮮な菜っぱのおひたしを、どうぞお好きなだけと、これまた山のようにお膳においてくれた。

おなかをすかせてたどりついたときの、そのごちそうのおいしかったことは今も忘れられない。

それにもまして、できる限りのもてなしをしてくれている気持ちがあふれた出し方に感激してしまった。

翌朝の食事には、たべきれなかった昨夜のおかずをまた出してくれたのであるが、「こんな山の中のことで、何もできなくてお恥ずかしいけど、ゆうべおいしいと言ってくれたので」と言いながら、昨夜の山盛りとはうって変わった盛りつけをして出してくれたのである。

お煮染は小鉢に、おひたしは小皿に、そして卵はみそ汁の中にと、全く新しい感じになっているのである。

残りものの感じはどこにもない。

それはまことに美事な、おいしくたべてもらおうとする心の表現であった。

以来私は、残りものを、そのままの形で食卓に出すことは絶対にしないようになった。

今、急にこれを思い出したのも、家事の美として、そのとき私はそれをうけとったからである。

家事はまことに複雑で、一面ではかぎりのないくり返しのようでありながら、しかし突発的なことが多く、また、毎日の食事づくりなどは、同じ仕事ではあっても、たえず新しくものを創り出していく仕事である。

そしてまた、ていねいな気持ちでゆっくりと仕事をするだけではまかないきれず、たえず間に合わせていかなければならないという事情もある。

しかも、その仕事の範囲は広い。

お手本があって、それにしたがっていれば事足りるわけのものではなく、時に応じ、事に当たって判断し、工夫していかなければさばききれない仕事なのである。

単純労働の積み重ねにも見えながら、しかしものまねで家事に美を創り出すことは不可能だし、まして気まぐれではかえって家じゅうに混乱を招く結果にもなる。

基本的な美をもとめる「センスをみがく」ということ以外にはないのである。

その意味で私は、母親の役割におそろしいほどの重みを感じるのである。

たとえば、いつも家の中が投げやりに取りちらかされている家庭で育った子には、それが当たりまえになるから、整理のセンスは身につかない。

つまり、散らかっていることが気にならないという性質が作られてしまうからであろう。

私は今までに何人かの若い娘さんをあずかったが、料理をする姿の中にも、その人の家庭の様子が目に見えるような気がすることがある。

まして、その人のものときめた机の上や、タンスのまわりなどには、引き出しの中を見なくても、身につけた習慣がそのままに出ているからである。

料理をしながらも、よごれたまな板をさっと洗ってきまった位置に戻し、盛りつけの器を出しておくという、きびきびしたやり方と、調味料の容器など、すぐもとの場所に返せばそれであと片づけの必要もないのに、いきあたりぼったりにかり置きして散らかしてしまい、広くもない台所で、さがしものばかりしているといったやり方、さまざまである。

このちがいは、その人の動作の美しさと、あぶなつかしいぶざまさのちがいも作っている。

暮らしの個性に合った家事の形


こんなことを考えると、血のかよった美しさを、家の中にみなぎらせて暮らすというのは、なんとむずかしいことかとため息も出てくる。

人のことは見えても、自分のこととなると、私などは身のちぢむような暮らし方をしているからである。

家の中だって、いつもきちんと片づけていることはできない。

一人で暮らしているのではない家庭の中は、今片づけたばかりの食卓の上に、誰かがまたコップを出したとか、掃除の中途で玄関のベルがなり、そのまま客と応待しているうちに、掃除機がとんでもない場所に置いてあるのを忘れてしまうこともある。

絵にかいたような美しい住まいは、私にはのぞむべくもない。

そこで、せめてこれだけはと実行しているのは、欲望の整理なのである。

私にとって仕事に必要なものは、たとえよそ目にはきたない紙きれでも捨てるわけにいかないので、そういうものだげは、できるだけ見た目にもきたなくないだけのスペースをとって家の中に置くが、飾りものや上等な衣類のような、私にとってはなくてもすむものに限って、思いきり制限をするのである。

衣類などは、最小必要限のものが入るだけのスペースを家の中にとって、そこに入りきらないものをもつのは、ぜいたくという線をひく。

だから、新しいドレスを一着買えば、今まであったどれかを捨てるしかないように、自分できまりを作ってしまっている。

そうしなければ、せまい家の中に、雑多にものが入りこんで、しまって困ることになると思うからである。

要は、家事もその人の暮らしの個性に合った形があってよいということであり、そこに美しさを創り出すためには、基本的な考え方として、こうしなければがまんのできないという、物の置き方ひとつにも自分の好みをはっきりさせる、つまりはセンスがなければということが言いたかったのである。

そして、そのセンスは、知らずしらずの間に身につけた習慣から育てられるものだという私の思いを、述べたかったのである。

習慣は、自分の意志で身につけることもできる。

親からよい習慣という財産をもらった人にくらべたら、それのないものにはずいぶん努力のいることだが、よいと思うことを実行にうつすという意志によっても、形だけなら美しさは作ることができる。

それが芸術作品とはちがう家事の美というものになるのかもしれない。

あきらめたり、投げ出したりはしたくない。

人が暮らしている限り、一人でいても家事はあるのだから、そこに美しさをもとめるのは人間なら当然のことではないかと思うからである。

賢い女の節約生活の知恵~すてきなケチをしてみませんか?~

ゴミ箱の中のほり出しもの


廃物利用という言葉を私は好きではない。

廃物はまさに廃物であるから、それを利用するというのは、何だかみみっちい感じがつきまとう。

ところが、ある人にとっての廃物が別の人にとっては決して廃物ではなく、それどころか貴重品であったりもする。

先日、さる著名な女流の評論家にお目にかかったとき、あの廃品として街かどに出されるゴミの山の中に、意外な骨董的価値のあるものが放り出されていたりするという話をうかがった。

冬の終わりの頃、近所のゴミ収集所に古い型のガスストーブが捨てられているのを見つけた。

いいものなのでもったいなくて、ひろってこようと思ったけれど何しろ気がひけて、意を決するまでにはしばらく時間がかかったとその方は話しておられた。

今どき手に入れようと思ってもどこにもない品で、見ればスケルトンもしっかりしている、これを見捨てるのはいかにも惜しい。

「えいっ」とばかりひろって家に帰り、使ってみると立派に役に立つ。

うれしくなってみがき上げたところ、堂々たる風格をもったストーブであり、応接間のアクセサリーとしても申し分ないほどのものになったが

いくら捨ててあったとはいえ、そのままいただいてしまうのも気がとがめるので、町会に金一封を寄付し、その理由を申しのべたところ、そういう役立て方をしてもらうとありがたいと感謝されたそうである。

きっと、その金一封は、老人クラブのお茶菓子にでもなって、みんなを喜ばせたにちがいない。

私はその話を、すてきなことだと思いながらきいた。

そしてその評論家の先生がすっかり好きになった。

物のいのちを最後まで大事にする、その精神があやうくゴミとしてうもれる運命にあったものを生き返らせたいい例だと思ったのでここにご紹介するしだいである。

それにしても、ある人には捨てるしか方法のないものが、別の人の手に入るとそれが生き生きと使われるという分れみちは、いったい何なのであろうか。

もちろん、価値観のちがいということはあろうが、その「物」に対する知識であるとひとつには、は言えないであろうか。

私は、精神主義だけでものの価値をみとめるような方法、たとえば、ただの一銭のお金を井戸に落としたとき何百倍何千倍かのお金をかけてそれをさがす、といったような昔の教訓はとらない。

それよりは、絶対に次にはそんな失敗をしないようにするために費用や人手をかげるべきだと思うからだ。

金銭や労働力にもかえられない価値観を感じるものなら、話はまた別である。

ケチの精神は、やはり合理性の上に立つべきものだと私は思う。

暮らしをたのしむすてきなケチ


私のケチは自分が最もほしいものを得るためにはじまった。

第一には時間であった。

そのために、時間をかせげるものは何でも使った。

家事の手間やそれに使う時間を省くために、たとえば、トイレの掃除にもよごれを見つけしだい私は紙を利用しては使い捨てていた。

ついこの間までの、物はどんどん消費しろ、という風潮のときは、それに何の抵抗も感じないで私は消費優等生のように暮らした。

自分の浅知恵にショックを受けたのは、ゴミ集めの実態や処理の大変さを見たり、静岡県の海でヘドロを見、東京の下水処理場を見学して歩いたことからであった。

紙は極力無駄には使わない、洗剤はいいかげんに使わない、水も電気も…といった消極的な節約は当然のことだが、積極的には買い物の制限をはじめた。

たとえば新聞や雑誌の切り抜きを整理していて、スクラップブックやバインダーが必要になり、買いに走ろうとして「ちょっと待てよ」と自分に言いきかせる。

そして、「ワイシャツを買ったときのそろった空箱が何かのとき必要かと思って二コだけ物置に入れであったが、あれを利用してやれ」と思いつく。

その箱に切り抜きを入れて横に見出し紙をはり、本棚に並べてみると、なかなか立派なスクラップケースになった。

こんなことに味をしめ、全集本や百科事典のケースをとりはずしてラシャ紙をかぶせ、小冊子や切り抜きの分類整理ケースにしてみると、高さも幅もそろってなかなかきれいに整理できる。

本はケースをとると売るには安くなるそうだが、今は売る意志がないからどんどんケースをはずしてしまった。

そのほうが、本も出しやすい。

これだけでも、必要と思っていた買い物をせずにすんでとても助かったし、わが家にあるものを生かして使えたとうれしくなった。

こんなことは、ほんの一例であるが、それを使うのがみじめになるようなじめじめした利用の仕方は私はまっぴらである。

そのかわりたとえゴミの山の中からひろってこようと、自分がたのしんで使えるものならとことん使い切る、そんな明るさで何でも使い切るまでは買わない暮らしこそが、すてきなケチではないのかしら、と私は思っている。

これからも大いに工夫するつもりである。

生活の中に取り入れられる昔の知恵を最大限に利用しよう

合理性が輝く生活術を身につけよう

「生活の知恵」をテーマにしたテレビ番組で、明治生まれのお母さん方が、そのまた母や祖母から受け継いできた暮らしの知恵を、紹介したことがあった。

実はそのテレビ番組で、明治生まれのお母さんと昭和生まれのお母さんの、家事の知恵として、はっきり違いのみえるような例を出題者として考えてみるようにと言われ、さて…といろいろ考えてみたが、今の暮らしの中でも、昔の知恵を必要とすることとなると、これはたいへんむずかしい問題だと気づいた。

そこで、私は、障子張りと大根一本の使い分けをテーマとして選び、打ち合わせもないぶっつけ本番で明治と昭和生まれのお母さんに、その実演をしていただいた。

さしあたり、ごはんの炊き方というところで、「はじめチョロチョロ中パッパッ、赤子ないてもフタとるな」の要領でも披露してもらうのが筋道であっただろうが、今は電気釜が自動的に炊いてくれる時代だから、これはやめにして、それに近い障子張りを問題に選んだのである。

障子は私たちの暮らしの中からしだいに消えつつあるが、しかしまた近ごろは、かえって若い人たちが「やはり畳の部屋でくつろぎたい、和室は多用性があるし、デザイン的にもガラス戸の内側にもう一枚障子を入れれば、カーテンも不要で冷暖房にも合理的だ」という、ムードと理論で和室を支持する場合が多いときいている。

そうすると、その障子というものを美しく維持する技術も、当然、受け継がれなければならないと思う。

明治生まれのお母さんたちは、私の予想どおり汚れた障子紙をはがすのに、刷毛でのりサンの部分をぬらし、糊がはがれるまでのしばらくをほかの仕事をしながら待ち、紙がはがれるころ長い棒を使って一気に巻き取り、古紙は乾かして渋を塗り、小包や干物などを作るときの敷物に使うというところまで、昔ながらの知恵を披露してくれた。

そして障子張りも、下から上へと張り、張り合わせの部分に、ほこりがたまらぬ工夫を話してくれた。

大根一本も、葉は菜めし、茎は塩漬け、葉つきの青首の部分はみそ汁に、まん中の一番甘くやわらかい部分はおろしやふろふきに、しっぽの部分の半分は苦味もあるので、油妙めにしてあさりとの煮物、最後の細いところは、切り干しにして酢の物にと、おいしいたべ方を紹介してくれた。

あのテレビをごらんになった方がいれば思い出していただけるかもしれない。

電気器具などの機械物などを使わせれば、だんぜん旗色のよかったであろう昭和生まれの若いお母さん方も、こういう点では、完全にシャッポを脱ぐ形になってしまったが、私はむしろ、当然のことだと思う。

住まいは障子張りの必要のないマンションや団地暮らし、大根は、五センチずつ買えるような暮らしであれば、こんなことを忘れ去っても、現在の日常生活には、不便はない。

ただ、これを忘れ去ったことが、もしも古いものへの無条件の反発で、わざと古い人の知恵を見まいとした結果であったら、やはり損なことだと思う。

受け継いで損にならないものは、貧欲に身につけたほうがよいと思う。

昔の知恵の中にも合理性は輝いているのである。

物を生かし切る知恵、使い切るコツ

今の時代にこそ新しい、先人の知恵


私はしばらく夫の母といっしょに暮らしていたが、はやく母親と別れた私にとって、夫の母を身近に見て暮らすことに、さまざまな意味でしあわせを感じたものである。

「おばあちゃん」と、私たちは呼んでいたが、うちのおばあちゃんには老人くささが少しも感じられないので、ときには、自分と同年配の人のように思って、話をしていた。

たとえば、食事の後片づけをするとき、急須のお茶がらをパッと捨てようとする私に、「きょうは油物が多いから、お茶がらで一度洗ってから、洗剤で洗うといいかもしれないねえ」と、さりげなく注意をしてくれる。

そういえば、昔うちにいた六十代の家政婦さんが、よく、お茶がらをためておいては、油で汚れたお皿や鍋を洗っていたのを思い出した。

「おばあちゃんの若いころは、お茶がらで油物を洗ったのですか?」ときいてみると、「そうよ、今みたいに便利な洗剤なんかなかったから灰で磨いたり、お茶がらを使ったり…」それが磨き粉になり、粉石りんになり、だんだん便利なものができてくるごとに、台所仕事も楽になってきたことを、語ってくれた。

こうした手近にあるものを利用しての家事技術を、今の私たちは、あまりにも忘れていることに気づかされる。

油に汚れたお皿を拭くとか、揚げ鍋の油を拭き取るにも、市販されているフライパン拭きの専用紙とか、ティッシュペーパーの類を、私たちは惜し気もなく使っている。

そして、洗剤液にひたして洗い、湯わかし器のお湯をふんだんに使ってすすぎ上げ、ふきんを使わなくても食器が自然に乾いてしまうからと自慢する。

しかし、私は決して昔にかえれというわけではなく、むしろ現代の暮らしのテンポに合わせて、便利なものはできるだけ取り入れることを「必要」と思っている。

けれども、一方ではまた、便利なものに頼りすぎるために、洗剤やお湯がなければ油汚れの食器が、きれいに洗い上げられないようでは、困ると思う。

実際、電気釜がなければごはんが炊げないという若い奥さんを私は何人も知っている。

その奥さんたちは、お茶がらは捨てるものであって、捨てる前にもう一度役に立てようとは絶対に考えないだろう。

そこに私は改めて、昔の知恵をふり返る必要を感じる。

八十歳をすぎたおばあちゃんは、お茶がらを集めて干し、枕に入れると香ばしいことや、干したお茶がらを火にくべて、その煙にいやなにおいのついた缶をかざして、悪臭取りにも使った。

私だったら悪臭を取るといえば、すぐ薬局にとんでいって、活性炭を買い込んでくるにちがいない。

こうした暮らし方のちがいを、お互いに張り合う気持ちではなく、なるほどと思って知恵を交換しておくことが、今の時代にこそ必要だと、しみじみ考
えさせられるのである。

先ばかり見て歩いてきたために、足元が見えなくなったことを、生活者としての私たちは今、気づいておかなければならないと思う。

年をとった人が、若い者に負けまいと新しい知識を求めるのに比べて、若い者が過去の知恵をただ古いと見向きもせずに、通りすぎていくほうが多いのは、どうしても、大きな損失だと私には思われるのである。

ものを捨てる前に、その必要性をもう一度考えてみたいものである。